昭和40年12月20日 朝の御理解
私共が、だんだんおかげを頂いてまいりまして、そのおかげを頂く様になりました。前夜祭とでも申しましょうか、前提として神様、私共大坪一家に、容易ならぬお知らせを下さり、ためには家族をあげて、本気で信心しなければならんぞと、いうお知らせを下さって、そのことを家族中の者が、御心にたいしまつらせて頂こうと、一生懸命ならせて頂いたんですけども。
おかげを下さるという棚からぼた餅の様に、おかげが落ちて来る様な事は絶対にありません。神様がおかげ下さろうとする働きかけがあったら、こちらもさあそれを頂き止めよう、頂こうと神様が下さる気になってござるのだから、本気で頂くぞという気になりそこに両者がひとつになる様な両方の手が合った時にです。いわば手が鳴る様なおかげになって来なければ、おかげというものは頂けないもんだと言う事を思います。
私共が引き揚げて間もないある正月でした。母がお夢を頂いたんです。もう次々と頂いてります中にですね、此処の、私の方は道路端の方からこう入りよった。もとはそこからそれがズーット大水が入っとる。しかもその大水のその水に便乗してです、大きなその船が私の家に入ってくる。しかもその舟にはね青い梅の実がいっぱい積んである。それを私が一生懸命引きよる、船頭を亡くなりました私の弟でございます。
戦死いたしました弟が崎の方を引いておる。家内と妹がこう腰をひっからげてから、その舟を後ろから押しよる。舟の上にはまあだその当時四つでございました、五つでございましたでしょうか長男です。長男がその舟のとものとこに上がってから、その日の丸の扇子を持ってから、ガンバレガンバレちいうてからその舟の上でいうておるところ、そしてその家の中に押し込むために、いわば家族をあげてだけでない、御霊さんまでが一生懸命であると言う様なお知らせを頂いた。
表まで来たけれど水が引く時には、スーッと又向こうの方へ戻ったんではいけませんものね。そこに、その一家を上げての一生懸命の信心が、本当に一家をあげての一生懸命の信心が段々でける様にならしてもらい、現在のおかげを頂いとるのです。神様のおかげを下さろうとこうお働きかけ下さる。そんなら、それを本当に頂こう、椛目全体の者がご造営を通させて頂いて、そのご造営によって信心の造営をさせよう。
いわゆる、そうしたご造営の徳とでも申しましょうか。私今朝ご神前に出らして頂きましたら、昨日は、皆さんにお伝えを申しました様に、こう上に足を腹這いになってから、そしてから、こんなにして肘杖ついた寝た姿を頂いた。今日も、やっぱりその丁度、それは舞台なんです。お芝居の舞台の様な、舞台の上にこうやってこんなして、寝とるのじゃない横寝をしておる。
手でこうやって肘杖ついた様にした枕をして、横に寝ておる。引き幕に大きなこんなのしがありますよね。こう、海老の様な形になった幕一杯に書いてあるのしなんです。それが、こう舞台あがっておるところ、その引き幕の、その、のしのところが見える。それで観客の方からもそれが見えておる。舞台の方からもそれが見えておるといった様なご心眼を頂くんですがね。
おかげというものは、それこそ歌の文句じゃないですけどもね。欲しいならのしつけてあげましょといった様な、私共は、おかげが欲しい。なら、神様がのしつけてやろうとおっしゃる様なことはないということです。神様が下さろうとするなら、こっちもです例えば、それをこうやって眺めておるだけではいけんということをです。舞台一杯に踊りまくらなければ、見る者も踊る者もひとつになって、私は一生懸命の雰囲気というものが、その舞台一杯にくり広げられ、みなぎられなければ駄目だとこう思う。
神様がなんとかして下さるだろう、例えば、ご造営ならご造営、此処まで済んだのだから神様が何とか手を打って下さるだろう、何とかなるだろう、けども何とかなっただけではいけんでしょう。ご造営を通させて頂いて、神様が下さろうとするものは、ご造営そのものではなくて、私共の信心の力であり、まず心の上の造営なのだ。改めて、私は久留米の初代が頂かれたみ教え。
又は、おかげを受けられた話をもう一辺、此処に頂きなをさなければいけないという気がいたします。何時も申します、石橋先生て方大変美しい御方であった。そのために、沢山の御用のために借財がでけられた。当時のお金で八百円という借金であった。来る年も、来る年もその借金払いに終わられたということである。或る元旦の、元旦祭を仕え終わられて奥の方へ下がられた。
そして自分の居間でご直会を頂かれ、お屠蘇を頂いて盃を持たれた途端に幽冥からと言うておられますですね。いわゆる、天の一角からと申しましょうか。幽冥から、いわゆる四神様のおいでられるところのところでございましょう。四神様のお声でです、頭上に八百俵の徳を授けるというお声を頂かれた。もうそれこそびっくりされたんですね。確かに、只今のは四神様の声であった。
しかも、八百俵の徳を授けると仰った。時に、よし神様が下さるなら、本気で頂こうという気になったと仰られますですね。それから、九州中の、いわゆる甘木関係、久留米関係の出社を四神様の徳を説いて廻られ、と 。何年間も何年間も、それこそ利払いばかりをなさった。石橋先生が、その時お盃を持たれた瞬間に感じられた。やっぱり人間ですから借金持っとると、やはり心にかかっておる。
何年か元金に近い利払いをしてしもうたが、今年も又利払いのために、こりゃ一年間又働かならんといった様なものを感じられた時に、それを下さった。又利払い、これでは元気がないでしょうが、勢がないでしょう。神様がです八百俵の徳を授けると仰った。八百俵のお米をやろうとは仰らなかった。八百俵の徳を授けると仰った。当時のお米が一俵十円だったそうですね。
丁度借金を負われたのが八百円、神様はその八百俵の徳を授けると仰るところが、私が何時もご造営そのものを下さるのじゃない、ご造営によってご造営の徳を銘々に下さろうとこういうのである。神様が先達の様にして働いて下さっておること、あのご造営の中に感じる。なるほど、神様は何とかして下さるだろうと。神様がのしつけて下さる様な感じで、只、只受けておるだけでは、舞台の真中にこうやって横に長く寝ておるといった様なことだけではいけん。
何時でしたか、一年位前でしたかお知らせを頂いたことがあった。傘ん上に横寝にしとる。安心という傘をしいて、傘の上に横寝しておる。いよいよつまらんというご理解を頂いたことがあります。漠然とした安心、何とかなるだろうといった様なもの、私共が本気で立ち上がらせて頂いて、本気で頂くぞという気になる。神様が下さるなら本気で頂くぞ、それをです銘々の信心の何にかに現わしていかなければいけない。
朝起きに、朝起きに現わす人もあるかもしれん、朝参りに現わす人もあるかも知れん、お供えに現わす人もあるかも知れん。家業の行の中に、生活の中にそれを現わして行く人、それはまあその人の信心の内容、程度のことであるから、神様が下さるというなら、これくらいな修行はといった様なものがです、なされなければ、私はそれを受けとめることはでけないと思う、そうでしょうが。
私共が、こうやっておかげを受けておるということもです、大水に便乗して舟が私共の家に入り込もうとしておる。舟には一杯梅の実が積んである。それを、私が引っ張る、家内妹が後から後押しをする。長男は上からガンバレ、ガンバレといって扇子を広げてから言っておる。一番先頭には亡くなった弟のみ霊が、その綱を引っ張っておる。家族を上げてお霊様も、私共一家もそのことに一生懸命。
梅の実と言う事は、私共の信心がもう何十年になる。何十年になるいわば信心辛抱のいわば梅の実がですあってもです。それを自分の家に頂かなければ値打ちがない、又その大水に引く時には、又一斉にゴウーと流れて行ったらそれでおしまいでしょうが。いよいよここんところは総力をあげて一家が力を揃えてと神様が言うて下さる時に、一家中の者がおーとそれに応えて、立ち上がる様な信心がなされた時にです。
引く者押す者、そして一生懸命に応援をする者、そこのところがです、私はでけそして、石橋先生がお頂きになったという、神様が八百俵の徳を授けると仰った。神様が下さるなら本気で頂こうという気になって、本気でそれを受けいわばひとつのそういう本気で受けようという、根性をものいわせるとでも申しましょうか、本気で頂くぞという気になられて、神様のお働きに応えられた。
何年間も、何年間も利払いだけなさった。その八百円の当時の大金がです、一年足らずして済んだということでございます。その当時です、あの久留米の問屋街の、大きな商人達が櫛原へ櫛原へというて、石橋先生のもとへお取り次ぎを頂いてから、様々な大きなおかげを受けたのは、といわれております。何年間も、どうすることがでけなかったのが、一年間で八百円の元金、利ともに支払うことがでけた。
それだけじゃないでしょうが、その八百俵の徳を受けられたと言う事が有難いでしょうが。借金払いを神様がしてやろうと仰ったのではなかった、八百俵の徳を授けると仰った。もうそれから先は石橋先生の、それは御物だと言う事になるのです。ご造営がでけたということだけじゃいかんでしょうが、ご造営の時にはご造営の徳を銘々が受けたと、ご造営の徳を受けるところに、自分方のいわばご造営がでけるだろう。
くらいな、私はおかげを頂かなければです、ならんという風に思うのです。いわゆる、楽観は許されません、神様がですのし付けてやるぞと仰る様なことはない、棚からぼた餅がおちてくる様なことはない。よし下さってもそれを受け漏らす、下さるものなら本気で頂こうという、こちらが姿勢というかね、態勢をたて直させてもらいそれを受け止めさせて頂くだけのです、信心を頂きたいもんだと思います。その信心の態勢がです、一応というわけにはまいりますまい、朝参りに現わす人があるかも分かりません。
今迄四時半に起きよったのを四時に起きる。五時に起きょったのを四時半に起きる。朝のご祈念に只お参りしてご理解だけに間に合いよったというのがです。ひとつ一番始めからご祈念を頂こうと何かそこに少しはですその印をです、私は示していかなければいけん、現わしていかなければ。家庭の上に生活の上に改まりの上に今迄でけなかった事に、本気で取組まして頂く。その態勢こそ神様が求められておるのではなかろうか。
それが、おかげのいわば受けものであり、徳の受け物であると私は思う。どうぞ、神様がのしつけて下さりよる、そんな感じがいたしますですね。椛目のご造営の場合、神様が先頭に立ってござるという感じがいたします。何とかかんとか言いながらもです、そのことがおかげじゃったな、やっぱあれがご都合じゃったなという風にです。皆んが合点する様な風におかげになっていきよりますねぇ。
このままでも、けどもそれではご造営が成就したということだけじゃなくてです。私共の信心の造営の成就にならん。いわゆる、八百俵のお米頂いただけじゃつまらん。八百俵の徳を受けさせて頂くところにです、私は本当のおかげがあるとこう思うですね。又、神様の願いもそこにあると思うですね。私共も又、そこを頂こうとする姿勢を直して行かなければならない態度が、必要だとこう思うのです。
どうぞ。